不注意、多動性、衝動性の行動がよく見られる場合、ADHDと診断されることがあります。
ADHDは生まれつきの脳の機能異常が原因といわれていますが、成長するにつれて環境への適応能力を身につけ、ふつうに生活している人もたくさんいます。グルテンフリー食がADHDの症状を改善するといわれていますが、これはセリアック病を併発している場合に限られます。グルテンとADHDの症状とは特に関係はありません。
注意欠如・多動症(ADHD)は個性 大人になり活躍する人も
注意欠如・多動症(ADHD: Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)ということばをよく耳にするようになりました。
ADHDはものごとに集中できない(不注意)、落ち着きがない(多動性)、よく考えずに実行してしまう(衝動性)などの行動が特徴の症状です。こどものときは学校での集団生活になじめず、苦労することもありますが、成長とともに対処法を身につけ、ふつうに生活している人が多いです。変わっていると見られがちですが、独自の発想を活かして、自分が興味のある分野で活躍している人もたくさんいます。発達障害の一つといわれていますが、広い意味での個性と考えればよいと思います。
ADHDの世界的な有病率の推定値は、成人人口の2.5~3%です1)。また日本では学齢期のこどもの3~7%がADHDといわれています1)。つまり学校のクラスに1人くらいはいることになります。こどもに見られる症状としては、次のようなものがあります。
不注意
- 活動に集中できない
- 気が散りやすい
- 物をなくしやすい
- 順序だてて活動に取り組めない
多動・衝動性
- じっとしていられない
- 静かに遊べない
- 待つことが苦手で他人のじゃまをしてしまう
こどもなら誰しもこのような行動はあると思いますが、周りと比べて著しく頻繁に起こると、集団生活の中で支障を来すこともあります。
ADHDの原因
現段階で詳しい原因はわかっていませんが、生まれつき脳に何らかの機能異常があると考えられ、次の2つが原因として考えられています2)。
大脳にある前頭前野の機能調節に偏りがある
大脳の前頭葉の前部分にある前頭前野は、思考、判断、注意、計画、自己抑制、コミュニケーションに関わっています。ADHDの人は、この前頭前野の機能調節に偏りがあり、不注意、多動、衝動といった行動につながっています。
脳内の神経伝達物質が不足している
神経細胞どうしの情報伝達は、神経伝達物質が担っています。神経伝達物質には、ドパミンやノルアドレナリンのように意欲や興奮に関わるものや、セロトニンなどのように抑制に関わるものがあります。ADHDの人は神経伝達物質の量が少ないため、脳内の情報伝達が不十分になっていると考えられています。
ADHDは食べ物で治る? グルテンとの関係
グルテンフリー食がADHDの症状改善に効果があるという「うわさ」が存在します。
そしてADHDやASD(自閉スペクトラム症)などの神経発達障害の管理のために、何らかの食事療法を取り入れている人がいることも事実です。海外では食事療法が本当に効果があるのかどうかの研究が行われており、いくつか論文が出ています。これを見ると3つのことがわかります。
○セリアック病ではないADHDの人がグルテンフリー食を摂っても、何ら効果はない。
○合成着色料、合成保存料や神経機能障害に関連する可能性のあるアレルゲンを含む食べものを抜くことで、ADHDが改善するという報告もある。
それぞれ詳しく説明していきます。
セリアック病でADHDを併発している人にはグルテンフリー食が有効
セリアック病はグルテンが原因で起きる自己免疫疾患で、100人に1人くらいの割合で患者さんがいますが、未治療の人も多いといわれています。
セリアック病の人は食べものに含まれるグルテンを異物と認識し、自分の免疫機能でこれを排除しようとして攻撃します。その結果グルテンがある自分の小腸の細胞を破壊し、全身にさまざまな症状が現れます。セリアック病の唯一の治療方法は、グルテンフリー食を摂ることで、グルテンをからだの中に入れないことです。
セリアック病の人にはADHDを併発している人がそうでない人に比べて1.7~1.8倍多いという最新のデータがあります3)。セリアック病と診断された人はすでにグルテンフリー食を摂っていますが、未治療の人はグルテンフリー食を摂っていません。そのような人がADHDの症状緩和を目的にグルテンフリー食を摂り、症状が改善されたといっている可能性があります 4), 5)。
また新たにセリアック病と診断された人に対して、ADHDの症状、不安・抑うつの症状、胃腸症状について調べたところ、ADHDの症状、不安・抑うつの症状を申し出た人は健康な人より多くいました。グルテンフリー食を始めて12か月後には、ADHDの症状、不安・抑うつの症状がある人の割合は健康な人と差がなくなったという報告があります6)。
このように、未診断のセリアック病の人がグルテンフリー食を摂ったことで、セリアック病に併発していたADHDの症状が改善したというのが真相のようです。
グルテンフリー食がADHDの症状改善に効果があるとの証拠はない
では、セリアック病ではないADHDの人に、グルテンフリー食は効果があるのでしょうか。わたしが調べた限りでは、グルテンフリー食がADHDの症状改善に有効とする研究結果は一つもありませんでした。
- ADHDの標準治療としてグルテンフリー食を行うことはお勧めできません(2020年、ベルギー)7)。
- ADHDのこどもへのグルテンフリー食の導入を支持するのに十分なデータはない(2020年、スロベニア)8)。
- ADHDの人のうち、セリアック病の人の比率は1%未満。ADHDのこどもへのグルテンフリー食の導入は必要ない(2013年、トルコ)9)。
- ADHDの治療における食事制限の有効性を裏付ける経験的証拠はほとんどない(2007年、アメリカ)10)。
ADHDにはほかの食事療法も行われている
食品中の特定の添加物が多動性に関連しているという考えに基づいて、赤とオレンジの合成着色料や、ブチル化ヒドロキシトルエン、ブチル化ヒドロキシアニソールなどの合成保存料を抜く食事療法が1970年代に提唱され、一部のこどもには効果があるとして、現在も行われています。
また神経機能障害に関連する可能性のあるアレルゲンを含む食べものを抜くという方法も行われています。この方法では、牛乳、チーズ、小麦シリアル、卵、チョコレート、ナッツ、柑橘系の果物などが除去の対象になります。
最近行われた、合成着色料の除去がADHDの症状改善に効果があるかどうかの検証実験では、重度の症状のあるADHDのこどもに対して、除去が有効という結論が出ています11)。
一方、別の論文では、神経発達障害の有無に関係なく、すべてのこどもに対して、砂糖と甘味料の制限、着色剤、防腐剤の除去、オメガ3脂肪酸の補給を勧めています。これらの食事療法によって行動と注意力のパフォーマンスが改善することから、ADHDのこどもにも特に推奨されるとのことです12)。
ADHDの治療
ADHDのこどもは、無意識のうちに「不注意」「多動性」「衝動性」の行動を取っており、自分ではどうすることもできません。周囲の手助けが必要です。
ADHDのこどもに対するケアとしては、
・行動への介入
・薬物療法
を組合せて行うことが有効だとされています。それぞれの内容について説明するのは、このサイトの目的ではないので省略しますが、いろいろな方法の組合せて、本人が生きやすくしてあげることが重要です。成長していくにつれて状況に対応する能力が身に付き、ふつうに生活できるようになります。
食事療法については、あくまで上で説明した治療を補完するものと考えてください。この記事のテーマは、グルテンフリー食がADHDの症状改善に効果があるかどうか、ということでした。結論は「効果がない」ということになります。ただほかの食事療法については、効果があるとの研究結果もあるので、試してみる価値はあると思います。
まとめ
- 注意欠如・多動症(ADHD)はものごとに集中できない(不注意)、落ち着きがない(多動性)、よく考えずに実行してしまう(衝動性)などの行動が特徴の発達障害。生まれつきの脳の機能異常が原因で、日本では学齢期のこどもの3~7%がADHDといわれている。成長とともに対処法を身につけ、ふつうに生活している人が多い。
- グルテンが原因で起こる自己免疫疾患であるセリアック病の人の中にADHDの人またはADHDと似た症状を示す人がいて、この人たちがグルテンフリー食を摂ることで、症状が改善することがある。
- セリアック病ではないADHDの人がグルテンフリー食を摂っても、何ら効果はない。
- 合成着色料、合成保存料や神経機能障害に関連する可能性のあるアレルゲンを含む食べものを抜くことで、ADHDが改善するという報告もある。
参考文献
1) Instanes JT, Klungsøyr K, Halmøy A, Fasmer OB, Haavik J. Adult ADHD and Comorbid Somatic Disease: A Systematic Literature Review. J Atten Disord. 2018;22(3):203-228. doi:10.1177/1087054716669589
2) 厚生労働省、e-ヘルスネット
3) Alkhayyat M, Qapaja T, Aggarwal M, et al. Epidemiology and risk of psychiatric disorders among patients with celiac disease: A population-based national study. J Gastroenterol Hepatol. 2021;36(8):2165-2170. doi:10.1111/jgh.15437
4) Niederhofer H, Pittschieler K. A preliminary investigation of ADHD symptoms in persons with celiac disease. J Atten Disord. 2006;10(2):200-204. doi:10.1177/1087054706292109
5) Niederhofer H. Association of attention-deficit/hyperactivity disorder and celiac disease: a brief report. Prim Care Companion CNS Disord. 2011;13(3):PCC.10br01104. doi:10.4088/PCC.10br01104
6) Kristensen VA, et. al., Attention deficit and hyperactivity disorder symptoms respond to gluten-free diet in patients with coeliac disease. Scand J Gastroenterol, 54 (5) 571-576 (2019)
7) Ertürk E, et. al., Association of ADHD and Celiac Disease: What Is the Evidence? A Systematic Review of the Literature. J Atten Disord, 24 (10) 1371-1376 (2020)
8) Kumperscak HG, et. al., Prevalence of Celiac Disease Is Not Increased in ADHD Sample. J Atten Disord, . 24 (7) 1085-1089 (2020)
9) Güngör S, et. al., Frequency of celiac disease in attention-deficit/hyperactivity disorder. J Pediatr Gastroenterol Nutr., 56 (2) 211-214 (2013)
10) Cormier E, et., al, Diet and child behavior problems: fact or fiction? Pediatr Nurs, 33 (2) 138-143 (2007)
11) Madzhidova S, et. al., The Use of Dietary Interventions in Pediatric Patients, Pharmacy (Basel), 7 (1) 10 (2019)
12) Cruchet S,et. al., Myths and Needs of Special Diets: Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder, Autism, Non-Celiac Gluten Sensitivity, and Vegetarianism, Ann Nutr Metab, 68 (Suppl 1) 43-50 (2016)