一部の抜け毛・薄毛の発生に、小麦などに含まれるグルテンが関係していることは間違いありません。
ただ抜け毛・薄毛にはいろいろな種類があり、その原因も発生メカニズムも異なるので、グルテンフリーにすれば、抜け毛・薄毛が解決するというものでもありません。
さらにグルテンに関する病気については、まだ解明が進んでいる途中なので、医学論文としてまとまっていない情報もたくさんあります。
抜け毛・薄毛のメカニズム
人間の発毛周期(ヘアサイクル)
最初に、人間の発毛の周期(ヘアサイクル)について、説明します。人間の毛には、「生える」と「抜ける」を繰り返す定期的な周期があるといわれています。
具体的には、成長期、退行期、休止期、脱毛期の4つの周期で、成長期が2~8年、退行期が2~3週間、休止期が2~3か月といわれています。人間は一生の間に、この周期を10~30回繰り返します。また毛の細胞のうち、成長期にあるものが85%、退行期にあるものが1~2%、休止期にあるものが10~15%といわれています1)。
つまり、ほとんどの毛は成長期にあるということです。
人間の頭皮には10~15万本の毛髪があり、毎日25~100本が抜けています。ヘアサイクルが正常であれば、抜けた後にまた生えてくるため問題はありませんが、何らかの原因でこの周期がうまく回らなくなると、抜け毛・薄毛の原因となり、ひどくなるといわゆる「脱毛症」になります。
脱毛症はいろいろな種類があり、原因も発生メカニズムも異なります。代表的なものをご紹介しましょう。
自己免疫疾患である円形脱毛症
円形に髪の毛が抜け、局所的に十円玉くらいの大きさの脱毛が起きます。
毛が抜けるときは特に痛みもなく、突然抜け落ちます。また一か所だけでなく、複数の箇所にできる場合もあります、さらに全身に発症することもあります。性別や年齢による有病率の差はないといわれています。ちなみにアメリカでの有病率は0.17%で、1970年代と変わっていません2)。
円形脱毛症はストレスが原因で起きるといわれてきましたが、現在は自己免疫疾患の一つと考えられています。
自己免疫疾患というのは、自分のからだを守るための「免疫」という仕組みが、誤って自分自身を攻撃することで起きる病気です。
円形脱毛症は、免疫系に関わるT細胞が、健康な毛根を攻撃し、ヘアサイクルの周期を混乱させ、健康な毛が突然抜け落ちることで起きます。
自己免疫疾患には他にもいろいろな病気がありますが、他の自己免疫疾患の人には円形脱毛症が多く見られます。また遺伝的な要因が考えられることや、アトピー素因がある人に円形脱毛症が多いことからも、自己免疫疾患だと考えられています。
過去に有力な原因と考えられていたストレスは、発症の引き金になっているに過ぎないと考えられています。
成長期の細胞が減るびまん性脱毛症(薄毛)
通常より多くの量の髪が抜けるため、全体的に髪のボリュームが減ったり、髪の分け目が目立つようになった薄毛の状態です。
ホルモンバランスの変化や頭皮への血流不足や、それに伴う栄養不足などが原因です。
その結果、成長期が混乱して、通常は2~8年あるはずの成長期の期間が短くなると、もともと毛の細胞のうち85%が成長期にあったにもわわからず、成長期にある細胞の比率が下がってしまい、その結果、薄毛になるのです。なお「びまん」とは、一面に広がるという意味です。
ホルモンが原因の男性型脱毛症(AGA)
テレビCMですっかり有名になった男性型脱毛症(AGA:Andro Genetic Alopecia)は、男性ホルモンの一種「テストステロン」が原因で起きる脱毛症で、毛母細胞の活動が停止することで、成長期の細胞が退行期から休止期へ変化することで起きます。
少し詳しく説明すると、頭皮に存在する酵素の作用でテストステロンがジヒドロテストステロン(DHT)に変換されると、DHTは毛乳頭にあるホルモンレセプターと結合して、脱毛因子TGF-βが生産されます。
脱毛因子TGF-βが増加すると、毛母細胞の活動が停止し、退行期から休止期へと移行するので、髪が成長する前に抜け落ちてしまいます。その結果、細く短い毛が多くなり、地肌が見えるようになります。
遺伝、生活習慣、ストレスが原因といわれています。男性型脱毛症は進行性です。そのため。額の生え際や頭頂部の髪が薄くなり、その面積が徐々に広がります。
すでに説明したように、男性型脱毛症は発生メカニズムがはっきりしているのて、薬物で進行を抑えることができます。例えば「フィナステリド」「デュタステリド」というお薬は、テストステロンがジヒドロテストステロン(DHT)に変化するのを阻害することで、脱毛因子の産生を抑えることで、抜け毛を防止します。
グルテンは炎症と吸収を通じて脱毛に関与
グルテンは炎症と自己免疫疾患の原因
小麦に含まれるたんぱく質が一部の人に悪い影響を及ぼすことは以前からわかっていましたが、最近の研究で影響を受ける人が意外に多いことがわかってきました。現在明らかになっているのは、小麦アレルギー、セリアック病、非セリアックグルテン過敏症の3つです。
- 小麦アレルギー:小麦に含まれるたんぱく質が原因で起きる即時型アレルギー。人口の0.3%。
- セリアック病:小麦に含まれるたんぱく質の一つであるグルテンが原因で起きる遅延型アレルギー。人口の1~2%。
- 非セリアックグルテン過敏症:小麦に含まれるグルテンなどが原因で起きる遅延型アレルギーで、セリアック病以外のもの(定義は確定していません)。人口の6%。
いずれの病気も、小麦に含まれるたんぱく質が原因で「アレルギー反応」が起きることで、起きるものです。
アレルギー反応とは、体内に入ったたんぱく質を排除するために起きる「炎症反応」で、その結果、かゆみ、発疹、鼻水、発熱などが起きます。
花粉症や風邪の症状を思い浮かべていただくとわかりやすいかもしれません。花粉症や風邪の症状は、アレルギー反応の結果起きた「炎症反応」の症状なのです。
わかりやすくするために、簡略化して説明すると、
- グルテンは人によってはアレルギー反応を起こす。
- アレルギー反応が起きると炎症反応が起きる。
- 炎症反応の結果、脱毛が起きる。
というメカニズムです。
炎症反応が毛母細胞で起きているのが「円形脱毛症」です。そのためグルテンフリーにすることで、円形脱毛症が治ったという報告が多数あります。
一方で、グルテンフリーにしても円形脱毛症が治らなかったという報告もあります。これは毛母細胞で炎症反応を起こす原因が、グルテンのほかにもあることが理由です。
また毛母細胞以外の場所で炎症反応が起きた場合も、脱毛に関係ないとは言い切れません。
炎症が起こると、炎症性サイトカイニンという物質が生産され、血液を通して全身に供給されます。そのため、炎症反応が全身で起きることがあります。脱毛に悩んでいた人が非セリアックグルテン過敏症だとわかり、グルテンフリー食に変えたところ、脱毛が治ったという話もあります。ただこれについては、症例が少ないため、医学論文になっていません。
いずれにしろ、グルテンフリー食にすることで、脱毛が治るケースは実際にあるようです。
グルテンは栄養吸収障害にも関与
グルテンは消化器系にさまざまな影響を与えることがわかっています。一つは炎症反応を起こすことで小腸の上皮細胞を破壊するため、本来吸収されるはずのビタミンやミネラルが吸収できななります。
またグルテンは消化・吸収されにくいため、腹痛や下痢の原因になり、また腸内細菌叢を乱します。その結果、ビタミンやミネラルの吸収ができなくなります。次に示すビタミンやミネラルが不足すると、抜け毛・脱毛・薄毛になる可能性があります。
- ビタミン
- ビタミンD
- ビタミンB群(特にナイアシンとビオチン)
- ミネラル
- 鉄
- 亜鉛
不足する場合、これらを補うためにサプリメントを使うことは有効ですが、不足していない状態で補給すると、症状を悪化させる可能性があります。
なお、ビタミンA、ビタミンE、セレンを摂り過ぎると、脱毛につながることもわかっています。
グルテンは副腎疲労によりホルモン分泌に影響
グルテンは副腎疲労を起こすことが知られています。その結果、副腎皮質から分泌される男性ホルモン、女性ホルモンの量に影響し、結果的に脱毛に関わっている可能性があります。
グルテンが子宮内膜症の進行や生理前症候群(PMS)の症状悪化と関係しているのと、同じメカニズムです。
セリアック病に伴う脱毛
セリアック病は、小麦などに含まれるグルテンが原因で起きる自己免疫疾患で、グルテンに含まれるグリアジンを異物と取り違えて免疫系が働き、免疫細胞であるT細胞(Tリンパ球)がグリアジンを攻撃します。
その結果、食物に含まれるグリアジンが存在する小腸上皮細胞が破壊されてしまう病気です。人間は栄養の大半を小腸から吸収していますし、人間の免疫細胞の70%が小腸に存在するため、腹痛、下痢などの消化器症状だけでなく、全身や皮膚にさまざまな症状が出ます。
セリアック病は、根本的な治療方法がなく、グルテンフリー食を一生食べ続ける必要があります。グルテンフリー食に切り替えると、T細胞による攻撃がなくなるため、小腸は正常な状態に戻ります。
セリアック病の患者さんには、脱毛の症状を示す人が一定数おられます。そしてグルテンフリー食に切り替えると、ほとんどの場合、脱毛の症状は軽減されます。
これは、小腸が正常な状態になるため、小腸での栄養吸収障害は解消されること、T細胞による免疫反応がなくなるため、副腎疲労が軽減され、副腎から分泌されるホルモンバランスの不調が改善されること、さらに腹痛や下痢に伴うストレスが緩和されることが原因で、脱毛の症状が改善したものと考えられています。
橋本甲状腺病に伴う脱毛
橋本甲状腺病は免疫系が甲状腺を攻撃することで甲状腺に慢性の炎症が起きる自己免疫疾患で、女性では10人に1人、男性では37人に1人の割合で起きます。
ほとんどの方は症状はないのですが、約10%の方には甲状腺機能の低下による甲状腺ホルモンの減少が見られ、代謝の低下による、疲労感、だるい、汗をかかない、食欲がない、寒気がする、無気力や眠気が起きる、記憶力が低下する、皮膚が乾燥するなどのほか、髪の毛が抜ける、眉毛が抜けるといった症状が現れることがあります。
この場合、甲状腺ホルモンを補充することにより症状は解消されます。
橋本甲状腺病はもともと遺伝的な素因があるところへ環境因子が作用することで免疫が働き、発症するといわれています。
この環境因子の一つとして、グルテンの関与が指摘されています。また1つ自己免疫疾患があると、2つ目、3つ目の自己免疫疾患が発生しやすくなります。自己免疫疾患発生の引き金になるものは、避けたほうがよいといわれています。
グルテンフリーにチャレンジしてみませんか
脱毛症にはさまざまな種類があります。また、それぞれ症状も発症メカニズムも異なるので、まずは信頼できるお医者さんに相談することが一番です。いまから説明する内容は、医学的なエビデンス(証拠)に基づいていますが、人によって症状が異なるので、あくまでも参考情報としてください。
あなたがグルテンに弱い体質、すなわちセリアック病、非セリアックグルテン過敏症の場合は、グルテンを摂ることで、慢性的な腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感や、皮膚症状、全身症状が現れている可能性があります。
個々の症状は軽くても、その症状が長く続くことで、からだにさまざまな影響が出ます。この影響のいくつかは、抜け毛・脱毛・薄毛の危険因子といわれているものです。
グルテンフリーにチャレンジすることで、つぎのようなメリットが得られます。
①栄養吸収の改善
発毛に必要なビタミン、微量元素が慢性的に不足している可能性があります。グルテンフリーにすることで、小腸での栄養吸収が正常化し、不足している栄養が摂れるようになる可能性があります。
②ストレスの減少
下痢、便秘や腹部膨満感は、日常生活に支障をきたし、慢性的な肌荒れ、ニキビ、湿疹はストレスにもなります。さらに慢性疲労やもやもや感なども、ストレスにつながります。ストレスは、脱毛の原因です。
③ホルモンバランスの最適化
グルテンは副腎疲労を起こすことがわかっています。副腎はホルモンをつくる重要な臓器です。女性ホルモンの相対的な減少は、脱毛の原因になります。
④アレルギー反応、炎症反応を起こさない
たんぱく質であるグルテンは、さまざまなアレルギー反応を起こすことがわかっています。アレルギー反応が起きると、その原因物質を排除するために、体内で炎症反応が起きます。不必要な炎症反応を起こさないことが、脱毛の予防につながります。
抜け毛、脱毛、薄毛に悩んでいる人はたくさんいます。また、その悩みを人に相談しにくいものです。
できれば売薬(一般用医薬品)や医薬部外品、サプリメントで治したいと思うでしょう。でも、また間違った使い方をすると、症状を悪化させることになります。特に効果が疑わしい健康食品、サプリメント、医薬部外品の使用は、お勧めできません。
ビタミンA、ビタミンE、セレンなどの特定の栄養素の過剰補給は脱毛を引き起こす可能性さえあります3)。
このようにグルテンフリーを試すメリットはありますが、無理なダイエットは絶対にしないでください。栄養失調やストレスで、症状が悪化する可能性があります。
まとめ
- 人間の毛には、「生える」と「抜ける」を繰り返す定期的なヘアサイクルがある。ヘアサイクルが乱れると、抜け毛・脱毛・薄毛が起きる。
- 円形脱毛症は免疫細胞が健康な毛根を攻撃し、ヘアサイクルの周期を混乱させ、健康な毛が突然抜け落ちる病気。自己免疫疾患の一つでストレスが引き金になっている可能性が高い。
- びまん性脱毛症(薄毛)はホルモンバランスの変化や頭皮への血流不足や、それに伴う栄養不足が原因で、ヘアサイクルの成長期の期間が短くなることで起きる。
- 男性型脱毛症(AGA)は、男性ホルモンの一種であるテストステロンが脱毛因子を生産することで起きる。
- グルテンは体内で炎症反応を引き起こし、その結果、炎症性サイトカイニンが脱毛を引き起こしている可能性がある。
- グルテンは小腸の上皮細胞を破壊する、腹痛や下痢を起こす、腸内細菌叢を乱すなどによって、栄養吸収阻害を起こし、その結果、脱毛が起きている可能性がある。
- グルテンは副腎疲労を起こすことがわかっており、その結果、副腎皮質から分泌されるホルモン量が変化し、脱毛を引き起こしている可能性がある。
- セリアック病の患者さんには、脱毛の症状を示す人がいるが、グルテンフリー食に切り替えると、ほとんどの場合、脱毛の症状は軽減される。
- 橋本甲状腺病はグルテンの関与が指摘されている自己免疫疾患だが、髪の毛や眉毛が抜けるという症状が現れる。
- グルテンフリーにチャレンジすることで、栄養吸収の改善、ストレスの減少、ホルモンバランスの最適化、アレルギー反応・炎症反応の回避といったメリットが得られる。
参考文献
1) Kamal V. Patel et. al., Hair Loss in Patients with Inflammatory Bowel Diseas, Inflammatory Bowel Diseases, 19 (8) 1753-1763 (2013)
2) Michael Benigno et. al., A Large Cross-Sectional Survey Study of the Prevalence of Alopecia Areata in the United States, Clin Cosmet Investig Dermatol, 13, 259-266 (2020)
3) Emily L. Guo et. al., Diet and hair loss: effects of nutrient deficiency and supplement use, Dermatol Pract Concept, 7(1) 1-10 (2017)