みなさん、グルテンフリーのパンにどのようなイメージをお持ちですか。膨らんでいない、堅い、もそもそした食感など。グルテンがないと、発酵のときにパン生地が膨らみません。またでんぷんは乾燥すると固くなります。でも、ふっくら美味しいグルテンフリーパンを作るため、世界中で研究開発が行われています。最新技術をご紹介しましょう。
グルテンフリーパンは何を原料にするか
ふっくらしたグルテンテンフリーパンとは、どのようなものでしょうか。ブラジルとサウジアラビアの研究グループが 2021 年に出した論文では、比容積という指標を使っています 1)。これはパン 1 g あたりの体積を示すもので、日本で市販されている食パンは、だいたい 4 cm3/g です。この論文では、海外で販売されいる全粒粉パンの比容積が 3.5~5.5 cm3/g であることから、比容積が 3.5 cm3/g 以上をふっくらしたパンの目安にしています。
過去に公表されたグルテンフリーパンに関する 295 の研究結果のうち、比容積が 3.5 cm3/g 以上のグルテンフリーパンを作ることができた 43 の研究を調べたところ、原材料として最もよく使われていたのは、米粉とコーンスターチ(またはトウモロコシ粉)でした 1)。これ以外には、片栗粉(ジャガイモでん粉)、さつまいもでん粉、そば粉、大豆粉、タピオカでんぷん(キャッサバ)も原料として使われていました。ただグルテンフリーパンでは、味にクセがなく、値段の安い米粉とコーンスターチを原料とするのが一般的なようです。
日本でグルテンフリーパンといえば、ほとんどがお米を原料にした米粉パンです。全国販売されているものとしては、日本ハムの「みんなの食卓」シリーズの商品と、株式会社タイナイが製造する「焼いておいしいおこめパン」のシリーズ商品があります。前者は冷凍品、後者は常温保存品ですが、いずれも主原料は米粉です。
おいしい米粉パンを作るための原材料の研究
日本のグルテンフリーパンは、米粉を原料にしたものがほとんどで、グルテンフリーパンといえば、米粉パンです。まだ欧米のようにグルテンフリーパンは普及していませんが、おいしい米粉パンを作るために、研究開発が進められています。
製パンに適した米の品種開発
製パンに適したお米の品種を作る研究が、国の研究機関で行われています。製パン特性に優れた品種として有名なのがミズホチカラです。ミズホチカラは、米粉に製粉するとき、でんぷんの損傷が少ないため、パンがよく膨らみます。熊本県、山口県などで栽培され、製パン用米粉として市販されています。
なお、ミズホチカラ以外にも、製パン用の米粉として、ほしのこ、ゆめふわり、こなだもん、笑みたわわの 4 品種も開発されましたが、いまのところ栽培されていません。
製粉技術の開発
製パンに適した米粉は、粉の粒径が小さく、表面が滑らかな米粉です。うるち米を粉にしたものとしては、昔から新粉、上新粉、上用粉などがあり、団子、かしわ餅、ういろう、まんじゅうの原料として使われてきました。
製パンに使われる米粉は、これらの粉よりさらに粒径が小さいものです。具体的には、粒径 75 µm(マイクロメートル)以下の粉の比率が 50 % 以上で、でんぷんの損傷度が 10 % 未満のものです 2)。ちなみにうるち米の米穀粉は目の粗い順に、並新粉>新粉>上新粉>上用粉>米粉となります。
お米をこのような細かい粉にするためには、特殊な製粉技術が必要です。新粉や上新粉の製造には、回転する 2 台のロールの間に米粒を通して粉砕するロールミルが使われますが、パン用の米粉を作る際には気流粉砕機が使われます。これは高速な気流の中に米粒を入れ、米粒どうしをぶつかり合わせることで粉砕する方式です。
乾式気流粉砕機では、でんぷんの損傷度は 10 % 程度ですが、原料を一度水に浸して柔らかくしてから粉砕する湿式気流粉砕機ではでんぷんの損傷度を 5 % 以下にすることが可能です。また湿式気流粉砕機で粉砕した米粉の平均粒径は 20 µm 程度と、かなり細かくすることが可能です。
湿式気流粉砕機による粉砕と、ロールミルでの粉砕を比較すると、湿式気流粉砕機による粉砕の方がコストが高くなります。そのため、製パン用の米粉は上新粉などに比べて値段が高くなります。
おいしい米粉パンを作る製造プロセスの研究
米粉をアルファ化してから生地を作る
お米は固くてそのままでは食べられませんが、水を加えて炊飯すると、軟らかくなります。これはお米のでんぷんの粒が水を吸って、でんぷんの分子が規則性を失うためです。この現象をアルファ化(α化)または糊化(こか)といいます。
米粉に水を加えて練るときに、米粉に加える水(湯)の温度を 66~70 ℃に調整することで、米粉のでんぷんのアルファ化(糊化)が起こり、ふっくらと軟らかいパンができることを、奈良女子大学を中心とする研究グループが 2022 年 1 月に論文で発表しています3)。
この方法を使えば、特別な技術で製粉された高価な米粉や、食品添加物(増粘剤)を使わなくても、高品質のグルテンフリー米粉パンを作ることができるそうです。費用対効果が高く、実現可能性が高いとされています。
この論文がでる少し前に、中国の揚州大学の研究チームも、米粉をアルファ化することで柔らかい米粉パンができるという内容の論文を出しています 2)。
さらにサラ秋田白神が販売しているマイベイクフラワーという製パン用米粉は、あきたこまちを超微粉砕した米粉に、アルファ化した米粉をブレンドした米粉だそうです。そのため増粘剤などの添加物を一切使わずに米粉パンが作れるとメーカーはいっています。
パン生地の加圧
グルテンフリーパンの生地に高い静水圧をかけると、でんぷん分子の内部に水が浸透して生地の水分含有量が増え、生地の増粘性が高まります。その結果、発酵したときのガスの保持能力が高くなることがわかっています 4, 5)。
サワードゥを使った発酵
サワードゥは、乳酸菌と酵母を主体とした複数の微生物が混ざったパン種で、パン酵母の代わりにパン生地の発酵に使われます。日本ではサワードゥを使ったパンはあまり見かけませんが、欧米では食品スーパーで販売されており、酸味のある独特の風味があります。
このサワードゥをグルテンフリーパンの発酵に使うと、生地のガス保持能力やパンの構造、風味、貯蔵寿命を改善することができることが報告されています 6)。
加熱方法の変更
物質に電気を流したとき、電気が流れにくい場合、すなわち電気抵抗がある場合は、流した電気が熱に変わります。この原理を使って食品を加熱するのが、オーミック加熱(Ohmic heating)です。
パンはオーブンで焼きますが、グルテンフリーパンをオーミック加熱で焼くことによって、比容積が大きい、ふっくらしたパンができることがわかっています 7)。
オーミック加熱は商業利用が認められていませんが、加熱方法を変えることで、ふっくらしたグルテンフリーパンを焼くための研究が進められています。
これ以外に、赤外線やマイクロ波を使った加熱についても検討されています 8)。
おいしい米粉パンを作るために使われる食品添加物
小麦粉のパンを作るときには、小麦粉に水を加えてこねることで、生地の中に粘り気と弾力性のあるグルテンを形成させますが、米粉にはグルテンが含まれていないため、こねても粘り気は生じません。そのために増粘剤やたんぱく質が使われることがあります。
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)
食品添加物(指定添加物)で、2007 年から一般の食品にも使用できるようになりました。木材から抽出したセルロース繊維に水酸化ナトリウム、塩化メチル、プロピレンオキシドを化学反応させて作ったものです。食べても消化・吸収されません。原料は植物由来とわざわざ書いてあることがありますが、HPMC は天然由来のものではなく、化学合成されたものです。安定剤、増粘剤、ゲル化剤として使われます。
グルテンフリーパンには増粘剤として 1~4 % 程度添加されます。HPMC は生地に粘弾性を与え、焼きしぼみを抑制し、焼きあがったときのボリュームを保ちます。そして食べたときに良好な食感が得られます。比容積が 3.5 cm3/g 以上のグルテンフリーパンを作ることができた 43 の研究のうち、21 の研究で、HPMCが使われており、このときの平均添加量は 2 % でした 1)。
グアーガム
食品添加物(既存添加物)です。インドで食用にされているグアー豆から抽出した天然の多糖類で、ゲル化剤、増粘剤、安定剤として使われます。
グルテンフリーパンに増粘剤として使われることがありますが、分量はわかりません。グアーガムも HPMC と同様、生地に粘弾性を与え、焼きしぼみを防ぎ、出来上がりのときのボリュームを保ちます。
このほか米ぬかたんぱく質 9)、乳たんぱく質、大豆たんぱく質 1)を加えた研究例もあり、いずれもグルテンフリーパンの特性を改善しています。
まとめ
- ふっくらしたグルテンフリーパンの特性を示す指標として単位重量あたりの体積である、比容積が使われる。比容積が 3.5 cm3/g なら、ふっくらしたパンといえる。ちなみに日本の食パンの比容積は 4 cm3/g。
- グルテンフリーパンの原材料としてよく使われるのは、米粉とコーンスターチ(またはトウモロコシ粉)。日本では主に米粉が使われる。
- おいしい米粉パンを作るために、日本では製パンに適したお米の品種の開発と、製パンに適した製粉技術の開発が行われている。
- おいしい米粉パンを作るための製造プロセスの研究も行われており、米粉のアルファ化や生地の加圧、サワードゥを使った発酵、加熱方法の変更などが効果があることがわかっている。
- おいしい米粉パンを作るために、HPMCやグアーガムが増粘剤(食品添加物)として使われる場合がある。
参考文献
1) Monteiro JS, Farage P, Zandonadi RP, et al. A Systematic Review on Gluten-Free Bread Formulations Using Specific Volume as a Quality Indicator. Foods. 2021; 10(3):614. Published 2021 Mar 13. doi: 10.3390/foods10030614
2) 農林水産省、米粉の用途別基準、2017 年 3 月 29 日
3) Saito K, Okouchi M, Yamaguchi M, et al. Effect of the addition of high-temperature water on the properties of batter and bread made from gluten-free rice flour [published online ahead of print, 2022 Jan 17]. J Food Sci. 2022; 10.1111/1750-3841.16040. doi: 10.1111/1750-3841.16040
4) Zhang D, Mu T, Sun H, He J. Effects of different high hydrostatic pressure-treated potato starch on the processing performance of dough-like model systems. Food Res Int. 2019; 120:456-463. doi: 10.1016/j.foodres.2018.10.088
5) Chhanwal N., Bhushette P.R., Anandharamakrishnan C. Current perspectives on non-conventional heating ovens for baking process—A review. Food Bioprocess Technol. 2018; 12:1–15. doi: 10.1007/s11947-018-2198-
6) Cappa C, Lucisano M, Raineri A, Fongaro L, Foschino R, Mariotti M. Gluten-Free Bread: Influence of Sourdough and Compressed Yeast on Proofing and Baking Properties. Foods. 2016; 5(4):69. Published 2016 Oct 23. doi: 10.3390/foods5040069
7) Bender D., Gratz M., Vogt S., Fauster T., Wicki B., Pichler S., Kinner M., Jäger H., Schoenlechner R. Ohmic heating—A novel approach for gluten-free bread baking. Food Bioprocess Technol. 2019; 12:1603–1613. doi: 10.1007/s11947-019-02324-9.
8) Ding XL, Wang LJ, Li TT, et al. Pre-Gelatinisation of Rice Flour and Its Effect on the Properties of Gluten Free Rice Bread and Its Batter. Foods. 2021; 10(11):2648. Published 2021 Nov 1. doi: 10.3390/foods10112648
9) Phongthai S., D’Amico S., Schoenlechner R., Rawdkuen S. Comparative study of rice bran protein concentrate and egg albumin on gluten-free bread properties. J. Cereal Sci. 2016; 72:38–45. doi: 10.1016/j.jcs.2016.09.015.