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アメリカ食品医薬品局によるグルテンフリー表示ルールの厳格化、分析方法の限界!?

2020 年 8 月 12 日、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、ビール、酢、チーズ、ヨーグルトなどの発酵食品、加水分解食品の、グルテンフリー表示ルールを厳格化しました。これは、現在の分析方法では、発酵食品、加水分解食品のグルテン量を分析できないからです。どこが、どう変わったのか、なぜ変わったのか、詳しく解説します。

改定前のグルテンフリーの表示ルール

本題に入る前に、改定前のグルテンフリーの表示ルールについて再確認しておきましょう。

欧米では、食品に Gluten Free という表示があるのをよく見かけます。食品スーパーにはたいてい、グルテンフリー食材を集めたコーナーがあるくらい、グルテンフリー食品が普及しています。

アメリカでは、たまに口にする人も含めると、人口 3 億人のうち 1 億人が、グルテンフリー食品を食べているというデータもあります

アメリカで、食品にグルテンフリーという表示をする際には、アメリカの官報に掲載された最終規則に従わなければなりません。改定前の最終規則は 2013 年 8 月 5 日に官報に掲載され、9 月 4 日から発効したものです。

その内容は、次の通りです。なお、2020 年に行われたのは、厳格化(追加)なので、以下の内容は、現在も有効です。

 


・グルテンは、小麦、大麦、ライ麦とその交雑種(これらをグルテン含有穀物という)に含まれるたんぱく質。

・グルテン含有穀物は、グルテンフリーという表示はしてはいけない。

・グルテン含有穀物の成分を含む場合、グルテンを除去するように処理した結果、最終食品に含まれるグルテンの濃度が 20 ppm 未満 の場合、グルテンフリーという表示をしてもよい。

・食品中のグルテン濃度を測定する方法は、特に指定されていない。

・“no gluten”  “free of gluten”  “without gluten” という表示をするための要件は、“gluten free” の表示要件と同じである。

・本質的にグルテンを含まない食品も、グルテンフリーという表示をしてもよい。例えば、オレンジジュースは通常、グルテンは入っていないが、添加物としてグルテン含有穀物の成分を使う可能性もあるので、グルテンフリーという表示をしてもよい。

・表示は食品製造者、食品販売者が自主的に行うことができる。

 

グルテンフリーの基準 20 ppm の根拠

グルテンフリーの基準 20 ppm というのは、食品 1 kg 中に 20 mg 含まれるという意味です。では、20 ppm という数値は、どのような根拠で決められたのでしょうか、

根拠は 2 つあります。

ひとつ目は、さまざまな食品中のグルテンを、確実かつ一貫して検出するためことができる最低濃度が 20 ppm であるということです。

二つ目は、すでにグルテンフリーの規格を決めていたコーデックス委員会(FAO と WHO によって設置された政府間機関)の規格や、欧州、カナダの規則でのしきい値の 20 ppm と整合性をとったことです。

もともとグルテンフリーという表示は、セリアック病の人が食品を購入する際の判断基準となるように作られたものです。セリアック病は日本ではあまり馴染みがありませんが、欧米では 100 人に 1 人の割合で患者さんがいます。

グルテンは小麦などに多く含まれるたんぱく質で、それ自体に毒性はありませんが、セリアック病の患者さんは、自分の免疫機能がグルテンを異物と認識し、攻撃することで、小腸の絨毛細胞が損傷し、腹痛、下痢・便秘や、栄養吸収障害による全身症状が起きます。

セリアック病を治すお薬はありません。対処方法はただ一つ、グルテンを含む食品を摂らないことです。グルテンフリーの表示ができるまでは、食品を購入する際、原材料表示を細かくチェックする必要がありましたが、グルテンフリーの表示ができてから、表示の有無で判断し、購入することができるようになりました。

日本では、食物アレルギーの方のために、容器包装された食品には、特定原材料 7 品目(アレルギー物質)の表示が義務付けられていますが、これと同じ理屈です。

2013 年にグルテンフリーの表示の要件を決める際、しきい値を 20 ppmより低くしたほうがよいという意見もありました。セリアック病の患者さんに影響を与える可能性があるグルテンの最低濃度は、0.01~0.06 ppm といわれています。

しかしグルテンフリーの表示要件を厳しくすると、食品の製造・管理の手間が増えるため、製造業者がグルテンフリーと表示できる食品を製造しなくなり、結局は、セリアック病患者の不利益になるという結論になったようです。

現在の分析方法では、分解したグルテンの量がわからない

一般的に使われるサンドイッチ ELISA法

ところで、食品中のグルテン量の測定は、どのようにして行うのでしようか。FDA のルールでは、分析方法は指定されていませんが、サンドイッチ ELISA(エライザ)法が一般的に使われています。原理を簡単に説明すると、抗原であるグルテンには、抗体が認識するエピドープと呼ばれる部分があります。Aという抗体が認識するエピドープ、Bという抗体が認識するエピドープ、というように、グルテンには複数のエピドープが存在します。

 

 

 

 

サンドイッチ ELISA法では、あらかじめフーレート上に A という抗体を固着させ、そこへ測定サンプルを入れます。サンプルの中にあるグルテンは、Aという抗原と結合します。次にマーカーを付けた B という抗体を加えると、B はグルテンに結合します。プレートを洗浄した後に、マーカーの濃度を測定することで、サンプル中のグルテンの量を知ることができます。

 

 

 

 

これは AとB、2 種類の抗体で、グルテンという抗原をサンドイッチしていることから、サンドイッチ ELISA法と呼ばれます。

もし、グルテンが部分的に分解されていたとするとどうなるでしょう。抗体 A、B 両方と結合するグルテンのほかに、Aだけと結合するグルテン、Bだけと結合するグルテンができます。これでは分解されていないグルテンの量を正確に知ることができません。ですから、サンドイッチ ELISA法では、発酵や加水分解した食品中のグルテンの量を正確に測定できないのです。

 

 

 

 

標準資料が必要な競合 ELISA法

グルテン濃度を測定する方法として、競合 ELISA法というのもあります。これぱあらかじめプレート上に A という抗体を固着させ、次に濃度がわかっているグルテンにマーカーを付けたものと、グルテンを含んだ試料を同時に加え、洗浄したのち、マーカーの濃度を測定することで、グルテンの量を測定する方法です。

試料中のグルテンの量が少ないと、マーカーの付いたグルテンの比が大きくなりますし、逆に試料中のグルテンの量が多いと、マーカーが付いたグルテンの割合が少なくなります。

 

 

 

 

この方法では、あらかじめ濃度がわかっているグルテンにマーカーを付けたもの(これを標準物質といいます)を用意しなければなりません。しかし、発酵や加水分解で部分的に分解したものの標準物質を用意することはできないので、結局この方法でも、グルテンの正確な量を知ることはできないのです。

発酵食品と加水分解食品に関するグルテンフリー表示ルール

2020 年 8 月 12 日に、新しいグルテンフリーの表示ルールについて、アメリカ食品医薬品局(FDA)の最終決定が公表されました。ちなみにFDAは、日本の厚生労働省と消費者庁の仕事のうち、医薬品と食品に関する部分を統括している役所です。

対象となるのは、発酵食品と加水分解食品で、いずれもに製造の過程で、グルテンの一部または全部が分解される可能性がある食品です。

発酵食品と加水分解食品が、グルテンフリーと表示できるのは、以下の場合に限られることになりました。この内容が、2013 年に公表されたものに、追加されました。


① 発酵前・加水分解前の状態でグルテンを全く含まないか、または20 ppm 未満であること。

② 発酵・加水分解の過程で、グルテンが混入する可能性がないか評価し、ある場合は防止措置を講じること。

③ ①と②の内容を記録した文書を保管し、検査の際に提示できるようにすること。

 


発酵食品、加水分解食品の具体例として、チーズ、ヨーグルト、しょうゆ、酢、ザワークラウト、漬物、ビール、たんぱく分解物(調味料)などがあります。今回のルールの変更で、グルテンフリーという表示ができなくなる製品は 2,500、またルールの変更に伴い、記録と保管の義務が課せられる事業者は 5,000 あるとのことです。

今回は、発酵食品と加水分解食品にグルテンフリーという表示をするための要件が厳しくなっただけで、グルテンフリーの定義が変わったわけではありません。

今回ご紹介した内容は、参考文献に記載た FDA のホームページに詳しい内容が掲載されていますので、興味のある方は、読んでみてください。

厳格化で最も影響を受けたのはグルテンフリービール

ビールは大麦麦芽、小麦麦芽を原料に、酵母によるアルコール発酵で作られます。大麦や小麦にもともと入っていたたんぱく質は、発酵の過程で、一部分解されます。グルテンもたんぱく質なので、一部は分解されています。

2013 年にグルテンフリーの表示ルールを決めた時点で、ビールのグルテン濃度を正確に測定できないわかっていました。しかし「グルテンフリー」と表示されたビールが、アメリカ、ヨーロッパなどですでに販売されていたのです。グルテンフリービールがグルテンフリーかどうか、確認する方法がなかったのですが、とりあえず黙認されることになりました。

ところで、グルテンフリービールとは、どのようなものなのでしょうか。ビールメーカーは製造方法を公表していないので、あくまで推定ですが、次の 3 種類があったと思われます。

① 酵素を添加することでグルテンを分解したビール

ビールの濁りを除去するために、ヘイズ制御酵素という酵素を添加することがありますが、この酵素はグルテンを加水分解します。ビールに酵素を加えることで、ビール中のグルテン濃度を 20 ppm 未満になるようにした製品です。

醸造過程でグルテンが分解したビール

ビールの原料である大麦麦芽や小麦麦芽にはグルテンが含まれますが、アルコール発酵の過程で分解されて、アミノ酸に変化します。その結果、製品中のグルテン濃度が 20 ppm 未満になっている製品です。

③ もともとグルテンを含まない原材料を使ったビール

グルテンを含む原材料、すなわち大麦麦芽、小麦麦芽や、大麦、小麦、ライ麦を使わずに作ったビールです。これは、製品にグルテンが含まれることはありません。

日本の酒税法では、大麦麦芽を使わないアルコール飲料は、ビールという名称で販売することはできません。そのため、新ジャンルや、その他の醸造酒(発泡性)という名前で販売されています。そのうちの一つ、キリン・のどごし生は、原材料が、ホップ、糖類、大豆たんぱく、酵母エキスなので、正真正銘のグルテンフリーです。

 

グルテンフリー表示ルールの厳格化によって、① と ② は、グルテンフリーという表示ができなくなりました

まとめ

  • FDAは発酵食品と加水分解食品のグルテンフリーの表示ルールを厳格化した。発酵・加水分解前に発酵前・加水分解前の状態でグルテンを全く含まないか、または 20 ppm 未満であること。発酵・加水分解の過程で、グルテンが混入する可能性がないか評価し、ある場合は防止措置を講じること。この内容を記録した文書を保管し、検査の際に提示できるようにすることが必要となる。
  • ビール、チーズ、ヨーグルト、しゅうゆ、酢、ザワークラウト、漬物、たんぱく分解物(調味料)などが対象となる。

 


参考文献

Federal Register: Notice for the Gluten-Free Labeling Final Rule (2013)

https://www.federalregister.gov/documents/2013/08/05/2013-18813/food-labeling-gluten-free-labeling-of-foods

 

Federal Register: Food Labeling; Gluten-Free Labeling of Fermented or Hydrolyzed Foods (2020)

https://www.federalregister.gov/documents/2020/08/13/2020-17088/food-labeling-gluten-free-labeling-of-fermented-or-hydrolyzed-foods

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