主に海外で、小麦や大豆の収穫前に使われるグリホサートという農薬が、非セリアックグルテン過敏症の原因の一つだとする研究結果が出ています。グリホサートは、動物には無害とされていますが、人間の腸内細菌叢のバランスを崩し、腹痛、腹部膨満、下痢などを起こします。このほかにも、過敏性腸症候群やうつ病との関連も指摘されています。
グリホサートは除草剤、収穫前の小麦や大豆に散布される
グリホサートは、世界で最もよく使われている除草剤です。日本では、ホームセンターで、ラウンドアップ、ネコソギなどの商品名で販売されており、目にしたことがある方も多いでしょう。
植物に散布すると葉の表面から吸収され、アミノ酸やたんぱく質といった植物の生育に不可欠な成分の合成を妨ぐことにより、植物を枯らします。グリホサートが阻害する代謝経路であるシキミ酸回路は、植物と微生物にしか存在しないため、動物には影響はありません。
土に落ちた成分は土の粒子に吸着され、その後、微生物によって分解されるため、3 週間以内に半減するといわれています。また、いったん土に吸着されると、除草剤としての効果はなくなります。そのため、グリホサートは安全な除草剤として、世界中で使われています。
では、そんな除草剤を、収穫前の小麦・大豆に散布するのは、どういう理由なのでしょうか。これは、収穫前の農産物を枯らすことによって、実の部分の水分量を下げるのが目的です。
例えば小麦は、出てきた穂が成熟し、黄金色の穂が枯れて褐色になってから収穫されます。このとき実の部分の水分量は低くなっている必要があります。小麦が成熟した後にグリホサートを散布して、植物の成長を止めることで、雨が降った場合でも、実の水分量を確実に下げることができ、品質のよい小麦を収穫することができます。
大豆は豆がついて成熟したのち、さらに葉が落ちて、豆が乾燥してから収穫されますが、半分の葉が落葉した段階でグリホサートを散布することで植物の成長を止め、豆の乾燥を促進し、品質のよい大豆を得ることができます。
ただし、農薬をかけて植物を枯らしているわけではなく、植物が枯れ始めてから散布して、植物の成長を止めることで、実の部分を乾燥させています。このようなやり方は、1990 年代に広まり、現在も続いています。このように収穫前に使う農薬をプレハーベスト農薬といいます。
なお日本では、小麦への使用は行われていませんが、大豆への使用は認められています。
グリホサートは輸入小麦や食パンから検出されている
土壌中のグリホサートは微生物によって分解され消失しますが、農作物に付着したグリホサートは分解しません。海外で生産される小麦は、収穫前にグリホサートを散布しているケースがかなりあるようです。
どの国でどれくらいの量のグリホサートが散布されているのか、またグリホサートが散布された小麦の比率はどれくらいなのかなど、詳細はわかりされている農林水産省が実施している輸入小麦の残留農薬を分析結果を見ると、おおよその傾向がつかめます 8)。
農作物に含まれるグリホサートの分析において、定量下限値(含まれている濃度を示すことができる最低濃度)は、サンプル 1 kgあたり 0.01~0.02 mg(濃度で 0.01~0.02 ppm)です。この定量下限値を下回っていれば、使われていない可能性があります。
令和 2 年度に農林水産省が実施した、輸入小麦に含まれるグリホサートの分析結果の概要は次のとおりです。ちなみに、グリホサートの残留基準値は 30 ppm なので、定量下限値以上というのは、0.01~30 ppm のグリホサートが検出された、ということになります。
輸入小麦のグリホサートの分析結果(令和 2 年度)
生産国 | アメリカ | オーストラリア | カナダ | フランス |
検査した試料数 | 159 | 46 | 82 | 11 |
定量下限値以上の試料数 | 156 | 9 | 82 | 0 |
定量下限値未満の試料数 | 3 | 37 | 0 | 11 |
アメリカ産、カナダ産のほとんどの小麦からは、定量下限値以上、すなわち 0.01~30 ppm 間のグリホサートが検出されています。一方で、オーストラリア産の小麦は、定量下限値未満のサンプルの方が多く、フランス産ではすべて定量下限値未満でした。なお、令和元年度もほぼ同じ傾向でした。
日本は主にアメリカ、カナダ、オーストラリアの 3 か国から小麦を輸入しており、その銘柄と用途は次の通りです。
- カナダ産ウェスタン・レッド・スプリング(1CW) 主にパン用
- アメリカ産ダーク・ノーザン・スプリング(DNS) 主にパン・中華麺用
- アメリカ産ハード・レッド・ウィンター(HRW) 主にパン・中華麺用
- オーストラリア産スタンダード・ホワイト(ASW) 主に日本麺用
- アメリカ産ウェスタン・ホワイト(WW) 主に菓子用
このことから、パン、菓子、中華麺に使われるほとんどの輸入小麦に、0.01~30 ppm のグリホサートが残留しているということになります。
小麦粉・パンのグリホサートの分析結果
一方、小麦粉、パンに含まれるグリホサートの量を、一般社団法人農民連食品分析センターが分析し、結果をウェブで公開しています 9,10)。
それによりますと、国産小麦を使った小麦粉製品では、テストした 3 種類すべてから、グリホサートは検出されませんでしたが、輸入小麦を使った小麦粉製品 16 種類のうち 8 種類からグリホサートが検出されています。
また食パン 13 種類のうち国産小麦または有機小麦を使用した 4 種類からはグリホサートは検出されませんでしたが、残りの 9 種類の食パンからは 0.07~0.23 ppmのグリホサートが検出されています。
つまり、国産小麦粉とそれを使った製品からは、グリホサートが検出されない一方で、輸入小麦粉とそれを使った製品からは、グリホサートが検出されています。
グリホサートは安全というのが国内外の公式見解
内閣府食品安全委員会は 2016 年にグリホサートに係る食品健康影響評価の結果を公表しました 11)。まず一日許容摂取量は体重 1 kg あたり 1 日 1 mg とし、急性参照用量は設定不要としました。つまり、体重 50 kg の人が、一生にわたってグリホサートを毎日 50 mg ずつ取り続けても健康には影響はなく、一度に大量に摂取することで急性中毒などを起こす心配もないということです。
また発がん性、神経毒性、催奇形性、遺伝毒性、生殖に対する影響も認められなかったと結論付けています。なお発がん性については、2015 年に国際がん研究機関が、グリホサートをヒトに対しておそらく発がん性がある物質に指定したことで、世界中で注目を集めることになりましたが、その後多くの国や欧州食品安全機関(EFSA)が、ヒトの発がんリスクの可能性は低い、あるいはないという見解を示しています。
これらの動きと関連があるのかどうかわかりませんが、2017 年に小麦中のグリホサートの残留基準値が、5 ppm から 30 ppm に緩和されました。
国内で市販されている食パンから最大で 0.23 ppm のグリホサートが検出されましたが、体重 50 kg の人なら毎日 217 kg の食パンを食べ続けても、健康に影響はないということになります。これについては、一般社団法人日本パン工業会もウェブ上で同様の見解を表明しています 12)。
その一方で、近年、グリホサートが人間の腸内細菌へ影響しているという研究結果が複数出ています 1-6)。
非セリアックグルテン過敏症とはどんな病気
グルテンが関係する病気・症状はいろいろありますが、その一つに、非セリアックグルテン過敏症(NCGS:non-celiac gluten sensitivity)という病気があります。欧米では広く知られており、16人に1人くらいの割合で、患者さんがいるのではないかといわれています。
一方、この病気が知られるようになって、まだ 40 年ほどしか経っていないため、診断基準が定まっていません。また、当初はグルテンが原因と考えられていましたが、グルテン以外の物質も発症に関わっているのではないか、と言われるようになり、非セリアックグルテン/小麦過敏症(NCWS:Non-celiac gluten or wheat sensitivity)という呼び方への変更が提案されています 7)。
グルテン以外の原因とは、具体的に次のようなものです。
- α-アミラーゼ/トリプシン阻害剤(ATI) … 小麦に含まれるたんぱく質の一種
- 小麦胚芽凝集素(WGA) … 小麦に含まれるたんぱく質の一種
- フルクタン … 小麦に含まれる人間が消化・吸収できない炭水化物(=食物繊維)
- グリホサート … 収穫前に小麦や大豆に散布される化学合成された農薬
このうち、グリホサートだけが、もともと小麦に含まれる成分ではなく、小麦を栽培する際に散布される農薬です。つまり小麦の残留農薬が、非セリアックグルテン過敏症の発症に関係しているということです。
グリホサートで非セリアックグルテン過敏症が起きる理由
発がん性も神経毒性もない安全なグリホサートが、グルテン不耐症の原因といわれるのはなぜでしょうか。それはグリホサートが腸内細菌に影響を与える可能性があるからです。
グリホサートは動物には影響しませんが、植物や細菌が生きていくために必要なアミノ酸やたんぱく質の合成を阻害することで、植物や細菌を死滅させます。最近の研究から、食べものと一緒に摂取されたグリホサートが、ディスバイオシス(腸内毒素症)を引き起こす可能性が指摘されています。
ディスバイオシスとは、腸内細菌のバランスが崩れた状態で、ガスの発生による腹部膨満、腹痛、下痢などが起きるほか、体重増加と肥満、過敏性腸症候群(IBS)、炎症性腸疾患(IBD)、うつ病、食物アレルギーの発症に関係していることがわかってきました。
ディスバイオシスは腸内細菌のバランスが崩れた状態で、腹部膨満、腹痛、下痢などが起きます。また肥満、過敏性腸症候群、炎症性腸疾患、うつ病、食物アレルギーとの関係も指摘されています。最近になって注目されるようになったため、日本で取り上げられるこ[…]
腸内には 1,000 種類、100 兆個の細菌が棲んでいます。この細菌は、体に有益な善玉菌、体に害を与える悪玉菌と、ふだんは何もしないが、からだが弱ってくると腸内で悪い働きをする日和見菌に分けることができます。これまでの研究から、日和見菌はグリホサートに対して耐性が強いことがわかっています 4)。食品に含まれるグリホサートの残留物が善玉菌や悪玉菌の数を減らす一方で、耐性のある日和見菌は数が減らないため、腸内細菌のバランスが崩れる可能性があります。腸内細菌のバランスが崩れると、腸のバリア機能が低下することもわかっています。
グリホサートが含まれる可能性がある食材で、最もよく口にする可能性があるのが小麦です。小麦を食べるのを止めることで、ふだんから悩んでいた不快な症状が解消することがあります。そのため、それは小麦に含まれるグルテンが原因だと思っている人が多いようです。しかし、最近になって、その原因がグリホサートかもしれないといわれているのです。
ただ現時点では、グリホサートが原因であるとの結論が出たわけではありません。食品に残留しているグリホサートと腸内細菌叢の関係を調べるのは、非常に難しいといわれています。まず農薬にはグリホサートが単独で含まれているわけではなく、アジュバントと呼ばれる除草剤の効果を高める薬剤も含まれています。また残留農薬は、グリホサートだけではありません。他の農薬も影響している可能性があります。さらにディスバイオシス(腸内毒素症)を起こす原因は、他にもいろいろあります。
つまり、現時点ではグリホサートが腸内細菌叢を変化させることで、人間のからだに影響を与えている可能性は高いが、確証はないということです。
グリホサートが含まれるものは摂らないほうがよい
グリホサートは安全だという人たちが根拠としているデータには、腸内細菌叢への影響に関するデータは含まれていません 4)。グリホサートと腸内細菌の関係については、最近になってから指摘されるようになったためです。グリホサートが発明されてから 50 年、日本で使われるようになってから 40 年しか経っていないため、まだわからないことが多いということです。
グリホサートの使用によって、農産物の生産性や品質が向上したのも事実なので、この部分だけを指摘して、一切使用すべきではない、というつもりはありません。一方で、グリホサートが人間のからだや環境に全く影響がないわけでもなさそうです。グリホサートが含まれる可能性がある食品を摂らないことができるのであれば、そのようにした方がよいと思います。具体的には、次のような対応ができると思います。
- 小麦を使った食品の摂取を控えましょう。
摂取する場合は、国産小麦を使った食品にしてください。日本国内では、グリホサートをプレハーベスト農薬として使用することは認められていないので、国産小麦にはグリホサートが含まれている可能性は非常に低いと考えられます。 - 全粒粉を使う場合は、有機栽培の国産小麦を原料としたものにしましょう。
全粒粉は種皮や胚芽の部分も含め、小麦を丸ごと粉にしたものです。ふつうの小麦粉よりも食物繊維、ミネラル、ビタミン、たんぱく質を多く含むため、健康によいイメージがありますが、残留農薬は主に種皮の部分に付着します。有機栽培では使用できる農薬の種類が限定されているため、からだへの影響を最小限にすることができます。
まとめ
- グリホサートは植物と微生物が持つアミノ酸やたんぱく質を合成する経路を阻害することで、死滅させる。動物には影響はなく、土壌に残ったものは微生物に分解されるため、安全な除草剤として広く使われている。また収穫前の小麦や大豆に噴霧することで、農産物を乾燥させ、品質を向上させる目的でも使われている。
- グリホサートは輸入小麦や輸入小麦を使った食パンから検出されている。国産小麦とそれを使ったパンからは検出されていない。
- グリホサートは安全というのが国内外の公式見解で、日本では一日許容摂取量は体重 1 k gあたり 1 mg に設定されている。発がん性や神経毒性などもないとされている。
- グリホサートが非セリアックグルテン過敏症の原因といわれるのは、グリホサートが腸内細菌叢のバランスに影響を与え、腸内毒素症を引き起こすから。腸内毒素症になると、ガスの発生、腹痛、腹部膨満、下痢などが起きる。これをグルテンが原因と思い込んでいる可能性がある。
- グリホサートにはまだわからないことがある。グリホサートが含まれる可能性がある食品は避けたほうがよい。小麦の使用はできるだけ控え、使用する場合は、有機栽培の国産小麦を使ったものにする。
参考文献
1) Lozano VL, Defarge N, Rocque LM, et al. Sex-dependent impact of Roundup on the rat gut microbiome. Toxicol Rep. 2017;5:96-107. Published 2017 Dec 19. doi:10.1016/j.toxrep.2017.12.005
2) Aitbali Y, Ba-M’hamed S, Elhidar N, Nafis A, Soraa N, Bennis M. Glyphosate based- herbicide exposure affects gut microbiota, anxiety and depression-like behaviors in mice. Neurotoxicol Teratol. 2018;67:44-49. doi:10.1016/j.ntt.2018.04.002
3) Rueda-Ruzafa L, Cruz F, Roman P, Cardona D. Gut microbiota and neurological effects of glyphosate. Neurotoxicology. 2019;75:1-8. doi:10.1016/j.neuro.2019.08.006
4) Barnett JA, Gibson DL. Separating the Empirical Wheat From the Pseudoscientific Chaff: A Critical Review of the Literature Surrounding Glyphosate, Dysbiosis and Wheat-Sensitivity. Front Microbiol. 2020;11:556729. Published 2020 Sep 25. doi:10.3389/fmicb.2020.556729
5) Maddalon A, Galbiati V, Colosio C, Mandić-Rajčević S, Corsini E. Glyphosate-based herbicides: Evidence of immune-endocrine alteration. Toxicology. 2021;459:152851. doi:10.1016/j.tox.2021.152851
6) Liu JB, Chen K, Li ZF, Wang ZY, Wang L. Glyphosate-induced gut microbiota dysbiosis facilitates male reproductive toxicity in rats. Sci Total Environ. 2022;805:150368. doi:10.1016/j.scitotenv.2021.150368
7) Mumolo MG, Rettura F, Melissari S, et al. Is Gluten the Only Culprit for Non-Celiac Gluten/Wheat Sensitivity?. Nutrients. 2020;12(12):3785. Published 2020 Dec 10. doi:10.3390/nu12123785
8) 輸入米麦のかび毒、重金属及び残留農薬等の分析結果、農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/seisan/boeki/beibaku_anzen/bunsekikekka.html
9) 小麦製品のグリホサート残留調査1st、一般社団法人農民連食品分析センタ
https://earlybirds.ddo.jp/bunseki/report/agr/glyphosate/wheat_flour_1st/index.html
10) 食パンのグリホサート残留調査、一般社団法人農民連食品分析センター
https://earlybirds.ddo.jp/bunseki/report/agr/glyphosate/wheat_bread_1st/index.html
11) グリホサートに係る食品健康影響評価の結果、内閣府食品安全委員会(2016)
http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20100216003
12) 残留農薬(グリホサート)に関するパンの安全性について、一般社団法人日本パン工業会(2021)