トランスグルタミナーゼという酵素は、たんぱく質の接着剤として、食肉加工品、水産加工品、パン、ヨーグルトなどの加工食品に使われます。熱で失活するため最終製品には残らず安全といわれてきましたが、食品中のたんぱく質が変化し、腸に穴が開くリーキーガットを引き起こし、セリアック病の患者数増加の原因だとする医学論文が出ています。
トランスグルタミナーゼはたんぱく質の接着剤
トランスグルタミナーゼはたんぱく質とたんぱく質をつなぎ合わせることができる酵素で、さまざまな加工食品に食品添加物として使われています。例えば、細切れの肉の表面にこの酵素をふりかけて重ねておくと、肉の塊になります。
レストランなどで提供される安いステーキ肉は、肉の塊ではなく、くず肉を固めて作られた成型肉です。どのような加工食品で使われているかは、後ほど詳しく説明しますが、食肉加工品、水産加工製品、パン、ヨーグルトなど、さまざまな食品で使われています。
ところで原材料欄に「トランスグルタミナーゼ」と書いてあるのは見たことがありません。トランスグルタミナーゼは食品添加物ですが、食品を作る際に加熱することで、酵素が失活(=効果を失うこと)する場合は、表示義務がありません。
チキンナゲット、かまぼこ、パンはどれも加熱されています。もし成型されたステーキ肉がチルドで販売されていたら表示義務がありますが、「酵素」という一括名で表示することが可能です。またレストランや惣菜店で提供する食品には、そもそも表示義務はありません。
このトランスグルタミナーゼがセリアック病の発症や重症化と関係があるのではないか、という研究結果が出て、ネット上をにぎわしています。
いまのところ、安全か、安全でないかの結論は出ていませんが、トランスグルタミナーゼがなぜ危険性を指摘されているのか、解説したいと思います。
トランスグルタミナーゼはどんな酵素
まずトランスグルタミナーゼ(TG)が何か、説明します。TG は酵素です。
酵素はからだの中で起こるいろいろな化学反応がスムーズに進むようにするための物質で、実体はたんぱく質です。TG はたんぱく質とたんぱく質をつなぎ合わせるといいましたが、これも含めて 3 つの働きをします。
- たんぱく質とたんぱく質を結合させる(グルタミン残基とリジン残基の架橋反応)
- アシル転移反応
- 脱アミド化
図で示すと、次のようになります。
TG は人の体内にも存在します。例えば皮膚に存在する TG は、皮膚のたんぱく質をつなぎ合わせることで、皮膚の物理的強度や保湿性を高める役割を担っています。また TG は血液の凝固反応にも関わっています。
ただ人体では反応が勝手に進まないようになっており、カルシウムイオンが反応をコントロールしています。
この TG を微生物によって大量かつ安価に生産できるようになり、食品添加物として利用されるようになりました。微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)は反応するにあたってカルシウムイオンを必要としないため、酵素製剤として使いやすくなっています。
トランスグルタミナーゼの食品添加物としての用途
トランスグルタミナーゼ(TG)はたんぱく質どうしを結合させることができるので、さまざまな加工食品に使われています 1) 2)。
- 食肉加工品
- 端肉から作られた成型肉の食感と外観、硬度の向上
- 異なる種類の肉で作られたソーセージの食感改良
- 低品質の原材料へのアミノ酸の添加による栄養価の高い肉製品の製造
- 脱脂乳粉、大豆、小麦粉などの低品質の原材料の添加
- 脂肪含有量の少ない加工肉の製造
- 水産加工品
高級すり身を安価なすり身で代替しても、品質の変わらないかまぼこが作れます。
- パン
適切な細孔径とパンの弾力性を確保し、食感とボリュームが向上します。 - ヨーグルト
固体と液体が分離するのを防ぐ - チーズ
チーズの収量の増加と特性の改善 - 豆腐
安い材料で硬い豆腐を作ることができる - 米粉パン
米粉に TG を添加すると、トリグリセリドの含有量が増え生地のレオロジー特性が改善される
現在食品添加物として使われている TG は微生物が生産したもので、微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)と呼ばれます。
生体内で働く TG や動物から抽出した TG は、活性発現のためにカルシウムイオンが必要ですが、微生物が生産した mTG はカルシウムを必要としない新しい酵素です。
味の素は微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)の量産化に世界で初めて成功し、これと副原料を組合せることで、各種加工食品の食感改質などに幅広く利用できる食品用の酵素製剤「アクティバ®」TG 製剤を 2003 年から発売しています 1) 3)。
水産加工品用、畜肉加工品用、製麺・製粉用、乳加工品用、豆加工品用など用途別の 80 種以上の TG 製剤が世界 50 か国以上で販売されています。
微生物トランスグルタミナーゼの危険性はあるか
EUの一部の国では食品添加物として使えない
微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)はアメリカ食品医薬品局(FDA)によってGRAS(Generally Recognized As Safe、一般に安全と認められる)と認定されており、アメリカをはじめ、EU 加盟国以外の多くの国で、食品への使用が認められています。
一方 EU は 2009 年 1 月に発効した規制 1332/2008 で、食品への酵素の使用を規制しており、現時点では国内法で使用を認めたフランスなどの一部の国のみで使用されています。
EU では欧州食品安全機関(EFSA)が酵素ごとに評価したのち、食品に対して使用しても問題ないものについて承認する予定で、味の素の TG 製剤は現在、EFSA で評価を受けているとのことです 4)。
セリアック病の増加の原因?
セリアック病の患者数は、この 50 年で 4 倍に増加しました。
この間、小麦の消費量は増加していませんが、食品添加物として使われる微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)の使用量が増加しているため、セリアック病とmTGの関係が指摘されています。
2015 年に mTG がセリアック病の増加に関係があるという仮説が発表されました 5)。その概要は次の通りです。
- mTG がたんぱく質であるグルテンに作用すると、グルテンが他のたんぱく質や高分子と結合し、グルテンの抗原性が変化します。その結果、免疫系は変化したものも含めてより多くの抗原に対して抗体を作らなければならなくなり、免疫系に負荷がかかるようになります。
- mTG が作用したたんぱく質は、たんぱく質分解酵素で分解されにくくなります。その結果、からだにとって異物である外来たんぱく質が除去されにくくなります。
- 抗原性が変化したり分解されにくくなったグルテン、分解されないまま腸に到達した外来たんぱく質などは腸の透過性を増大させます(リーキーガット)。その結果、腸の漏出が起こり、本来体内に入らないものが体内に入ることが、セリアック病発症の引き金になったり、セリアック病の症状を悪化させるのではないかといわれています 6)。
わかりやすく整理すると、mTG が食品に含まれるたんぱく質の構造を変えることにより、
- 抗原性が増加する
- 分解されにくくなる
- 腸の透過性を増大する、すなわちリーキーガット症候群になる
ということです。
加工食品で使われた mTG は製造の過程で熱によって活性が失われるので、最終製品には影響はないと酵素メーカーは言っていますが、mTG によるたんぱく質の変化は、加熱によって mTG が失活する前に起きます。
ここではセリアック病が増加した原因として説明しましたが、腸の透過性の増大は、さまざまな病気の原因になることがわかっています。
一方で、mTG がさまざまな疾患のリスク増加に関係があるという研究結果は得られていません。
食品の細菌汚染への懸念
mTG については、その成分そのものについて以外に、それが使用されている食品の細菌汚染のリスクが指摘されています。
mTG は肉用接着剤として肉の複数の部分を接着して、1 つの塊を作るのによく使われますが、製造の過程で細菌が食品に侵入する可能性が高くなり、また複数の原料を使っているため、いったん汚染されると原因が分からなくなるとの指摘があります。
まとめ
- トランスグルタミナーゼ(TG)という酵素はたんぱく質の接着剤として、食肉加工品、水産加工品、パン、ヨーグルトなど、さまざまな加工食品に使われている。ただ食品の製造過程で加熱することにより、酵素が失活するため、最終商品に使用していることを書かなくてもよい。
- TG は人間の体内にも存在する酵素で、人間の体内ではカルシウムイオンが反応をコントロールしている。この TG を微生物によって大量かつ安価に生産できるようになり、食品添加物として利用されるようになった。微生物が作った TG はカルシウムイオンが不要。
- 微生物トランスグルタミナーゼ(mTG)はアメリカ食品医薬品局(FDA)によって安全と認められ、日本、アメリカをはじめほとんどの国で使用されている。一方 EU では一部の国では食品添加物として使用が認められていない。
- セリアック病の増加の原因の一つが、食品添加物として使われる mTG ではないかとする仮説が発表された。これは mTG が食品に含まれるたんぱく質の構造を変えることにより、抗原性が増加すること、分解されにくくなること、腸の透過性を増大すること(リーキーガット症候群)と関係しているというもの。
- 現時点では食品添加物の mTG が安全か、安全でないかの結論は出ていない。
参考文献
1) 角田全功、世界初の酵素による食品改質技術~トランスグルタミナーゼによる食品イノベーション~、研究・技術・計画、31 (3/4) 277-282 (2016)
2) Kieliszek M, et. al., Microbial transglutaminase and its application in the food industry. A review. Folia Microbiol (Praha), 59 (3) 241-250 (2014)
3) 味の素株式会社ウェブサイト
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/ir/business/glossary.html
4) AJINOMOTO FOODS EUROPE SASウェブサイト
https://www.transglutaminase.com/
5) Lerner A, et. al., Possible association between celiac disease and bacterial transglutaminase in food processing: a hypothesis. Nutr Rev. 73 (8) 544-552 (2015)
6) Matthias T, et. al., The industrial food additive, microbial transglutaminase, mimics tissue transglutaminase and is immunogenic in celiac disease patients. Autoimmun Rev, 15 (12) 1111-1119 (2016)